【小話 法律編】
copyright 尾形俊(鈴木俊行)2021
【ある日の葬儀場での相続小話】(2021年)
※佛様なら何と言うだろ。
相続で人は豹変する。
それは、葬儀の日だった。
「貴女! 実家を乗っ取っちゃってさぁ!」
今までは仲良かった義理の妹A子が語気を強めて切り出した。
A子の兄Xが先日他界したのだ。
Xの妻Y子は小さくなって申し訳なさそうにしている。
Xは長男で、代々受け継いできた実家の家に妻Y子と住んでいた。実家の土地屋敷の名義はX。
Xと妹A子は二人兄弟。A子は結婚を機に外に住まいを持っている。
しかし、Y子には子がいない。
夫に先立たれ一人残されたY子は既に80歳である。
「貴女には子供がいないでしょ。先々実家をどうする気? うちには跡継ぎが何人もいるのに」
と、子沢山のA子は、恨めしそうにY子に対してたたみかける。
Y子だって子供は欲しかった。子供がいないのは結果論である。
そして、Xに遺言はない。
A子は、実家を自分に相続させるか、売り飛ばして遺産を分けろと言わんばかりだ。
はっきりしているのは、Xの相続人は妻Y子と妹A子の二人。
A子は、将来、Y子が他界したときに、Y子の実方の兄弟姉妹に、代々守ってきた実家の土地屋敷が渡る可能性があることを懸念しているのだ。
Y子には複数の兄弟姉妹がいる。
しかし、Y子は、夫と暮らしてきた土地屋敷を手放したくはない。
よくある話である。
そんなとき行政書士や弁護士などの法律家ならば、たいていは「遺言書がないし、二人で上手く話し合い、法律の定めに従って遺産の分割内容を決めてください」と、法的なアドバイスをして後に先ずは言うだろう。
さて、何でもかんでもが話し合いで上手くいくなら裁判所はいらない。
法律の規定に添えば物事がすべて解決するとも限らない。
さて、佛様なら何と言うだろか。
妻Y子には、
「先ず、自分の今後の生活を考えなさい。そして義理の妹A子に売却代金の中から法定相続分を渡す約束をして土地屋敷は売ってしまいましょう。形あるものはいつかなくなる。執着を捨てて自由になりなさい。売却代金で、自分の老後の一人暮らしに見合う身の丈の小さな家を新たに買うか、老人ホームに入居すればよい。
‘人々はわがものであると執著した物のために憂う。(自己の)所有したものは常住ではないからである(「スッタニパータ」)’」
※『スッタニパータ』は、セイロンに伝えられた、いわゆる南伝仏教のパーリ語経典の小部に収録された経のこと。
仏教は、法律では解決しない心の問題を説く。