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​尾形俊詩集

【陽炎(かぎろひ)の墓標】

「それは山に燃えたか、海に溶けたか、空に消えたか…」

発刊日 2022年6月吉日
寄贈先/
国立国会図書館、思潮社、河北新報社、
​宮城県大河原町駅前図書館(尾形家代々の地元)
陽炎の墓標 3 2022年5月.JPG
陽炎の墓標 1 2022年5月.JPG
陽炎の墓標 2 2022年5月.JPG
国立国会図書館 1 20220616.JPG
20221009 尾形の墓に詩集をお供え.jpg
陽炎の墓標 国立国会図書館.png

↑ 2022年10月9日 尾形優分骨先の大悲山浄願寺(葛飾区高砂8-36-3 )にお供え

尾形 俊 作品集

(「尾形俊」は、鈴木俊行の筆名です)

祖父は、詩人尾形亀之助。1900.12.12~1942.12.2. 享年41歳

祖母は、詩人・童話作家尾形(芳本)優子。1998.10.15.没 享年88歳

芳本優子詩集「酒場の扉」は、

こちら(国立国会図書館)

尾形俊の同人誌「陽炎」(休刊中)。

鈴木俊行は、仏教家・詩人・行政書士です。

*著作権は、尾形俊(鈴木俊行)に帰属します。

*写真は、花園ちさと撮影。

かぎろひ 1982(陽炎創刊号)

逃げ水 1982(陽炎3号)

雨の風景 1982(陽炎3号)

夢人 1983(アンソロジイ)

人形供養 1983(アンソロジイ)

花盗人 1983(アンソロジイ)

水妖 1983(アンソロジイ)

かざぐるま 1983(アンソロジイ)

信心 1983(アンソロジイ)

紺がすり 1985

野辺の送り 1985

足跡 1987

旋律(耳鳴りがするのか) 1987

迎え火 1982(陽炎創刊号)

ふうりん 1982(陽炎創刊号)

移ろい 1982(陽炎創刊号)

或る部屋 1982(陽炎2号)

廟所の灯籠 1982(陽炎2号)

残像 1982(陽炎3号)

落葉の軌跡 1982(陽炎3号)

嘘 1983(アンソロジイ)

糸 1987

旋律 1987

浄土はそこに貴方のそこに 2020

暗渠の夜道 2021





 

かぎろひ

 

ちろ

ちろ ろ

ちろちろ

屋根に

野に

想念(おもい)に立つのは

幻影(まぼろし)です

 

あたたかい風が

止まっています




 

逃げ水

 

蝉の華が散る

しぐれに濡れるだらだら坂に

目をこらす。

きのう 童女(あなた)とかくれん坊した

杉の木立から

華が散る。

あ、

散りかかる

坂をのぼる少年の肩に

空の虫篭に

散りまがう。

 

篭の中に私が居る。

散る

ゆっくりと

最後の

華が散る。

・・夏の逃げ水

目をこらす。




 

雨の風景

 

 雨が降りはじめた 何かの用で外を歩いていた私の はじめにうなじに そして煙草屋の角で二の腕に 次に交差点で背中にひと粒ふた粒降って 産毛が甘く揺れ動いている 降りつづく雨粒は川となって下腹をうかがい ついに胸に降るへそに降る腰に降る 体中の毛をつたってさらに川は太くなる それは尻を流れ股を流れて足の裏までもしめっぽくしてしまうのだ 次の瞬間ふと私は酒屋の前を通って音もなく雨の風景になる それからどこへ行ったのか 雨がゆっくりと過ぎ去ると 夕暮れ 私は部屋で流れが止まらないでいる




 

夢人

 

落ちる

枕の下へ

夢が落ちる

手さぐりで

落ちた夢の表情をさぐる

   線光花火をしている童子(わらんべ) を 道端で見ていた 私 あなたと見ていた 花火が閃光を放って と あなたが照らし出さ れ   ない いない いないあなたと見ていた 私 あなた は 私の うしろの正面 闇

じゅっ じゅっ る

じりっ りる り

花火の先の火の玉が

花を咲かす寸前に

落ちる

散る

枕の下へ落ちる

目が覚める

 

受け取られるはずのない

言の葉が

ひとつ

どこかへ

落ちる

 




 

人形供養

 

消える

夜から夢が

消えわたる

枕元に置いていた夢売り人形(びと)が

・・居ない

夜のたばに火をつけて

夢のない眠りを眠り

   あれ ちらちらときれいだったね 庭のさざんかの下 懐かしい人形を焼いたんだったね 瞳から青い焔がはいだして 溶けはじめた躯の脂がしみてはちらちらと悲しかったね 小さい両腕をはうようにすべってくる あれ 熱いよ熱い焔は私たちを包んでおかしかったよな おかしかったわ きっとどこまでも昇りつめたんだよ ・・ね ね もっと

さざんかの花びらが落ち

地面でふうっと

紅い

あっ、

燃えている花びら

の下にすらりとのびた

人形の脚の・・

夢の燃えさし

 


 

花盗人

 

色、たどる

道端の花の表情を

道をたどって

あれは 向日葵

あれは 夕顔

あれは 秋桜

あれ、匂う

あ、酔いしれる

香り。

・・橋を渡って、雨。

   そんな道を歩いたよ ないあてを探して歩いたよ あの日埋めた花びらの あの日戯れた草いきれのまほろばの 私 聞こえるよ

   『とおりゃんせとおりゃんせで行きはよいよい帰りは のだから ないあてはどこにも ・・ないのだから 歩きなさい』

たどる、色

道を埋め尽くす

霞の 向こうに

あれは、さざんか?

あれは、ふきのとう?

あれは、あれは、

花吹雪?

静かに横たえる

あの 通り雨

 




 

水妖

 

違う

夢中でつくった風景の

水妖(あなた)の帯の色が

・・違う

   緑で塗りたくったカンバスに ・あ・か・い線を引いたよ 潮騒と汀の松林をデフォルメしたくすんだ色を斜めに走らせて それからそう 黒い瞳をうがって  ・・あなたは着物に赤い帯をしめていたね (必ず紅い帯をしめていくってあなたはそう言ったじゃない) 

違う・・

風景にならない風景に火を点ける

焔は

海に映えて

着物に約束の紅をさす

水妖(あなた)に肢体にからむ帯に

ほうっ と走るのは今

い焔





 

かざぐるま

 

                                                  増上寺の水子地蔵は皆

                                              かざぐるまを手にしている

                                                   風が吹くと音もなく

                                                        それはまわる

 

境内のあたりに

風。

その時

童女(あなた)たちの陰が揺れて

両手を合わせる童子(わたし)の

あ、

耳元をくすぐる。

童子はいつしか

風を待つ

(童女の耳をくすぐってやろう)

 

風。

陰が揺れ

あたりは澄んで

いっせいにいちめん

・・かざぐるま




 

信心

 

観音の。

伽藍の扉の向こうに

観音の御姿見えた。

・・の横で

ゾリ

ゾリ

 ゾリ

揺れ、

灯ろうの明かりに

揺られ

群れた淫わいの

叫びは観音が

背負ってくれてしまった、

から成就しませぬよ。

とて叫びの輪郭が

くれなずむ

あれ、

ゾリ

ゾリ

 ゾリ

ただ 剃り落とした頭髪を

灯ろうにくべて

いやしませ。

独りの夜を観音に

燃える髪を供えて

いやしませ。

いや、しませ。

 




 

紺がすり

 

振り向いて

それは落ちそうになるので

そっと手を出す

振り向いて

それから手を出す

鬼は逃げた

私をみんなあげると言うので

手を伸ばすうちに

するりと逃げた

 

そっと手を出し

あとには落ちた

紺がすり

   声がしたので振り向けば

   (鬼はここだよ手の鳴る方へ)

 

   おまえは私が欲しいと言って手を伸ばす

   私もおまえが欲しいと言って手を伸ばす

そのすきに おまえはするりと逃げて 私が鬼になる

   (鬼さんこちら手の鳴る方へ)

   駆け 駆け回る童女に 手をかけ て 帯をいっきに引く そしてそれは 地面に落ちる

追いつ追われつ鬼ごっこ

振り向いて

それが落ちるのを

受けとめる

振り向いて

やっとおまえの

紺がすり





 

野辺の送り

 

                                                       子をおろすとき

                                                    一枚の紙切れが要る

                                                      男の名を書く欄に

                                                  未婚でも配偶者とある

 

人形の脚が伸びる

その先で遊んだ

土を掘る

砂を盛る

花びらを敷きつめる

さあここがあなたの

居場所

人形の脚の伸びる

その先で

 

『ねぇ』

『それは駄目だよ』

『私、子供おろしたことあるの』

『どうやって育てるんだ』

『ねぇ』

『印鑑が要るって?』

『私のこと嫌いになったんだったら、今のうちに帰って』

『あぁ、ここに押すんだな』

『ねぇ、抱いてよ』

『さぁこれを明日持って行け』

    (あなたの子供、欲しいわ)

    (ふん、俺があいつの配偶者って訳か)

その先で

脚のその先で

野辺の煙りになびいてる

首を残して埋められた人形のおさげ

一緒に遊びたかったのに

こうして独りで遊んでる





 

足跡

 

そっと

庭にそっと火を放って赤々としだいに

あれ じじっと現れ浮かび上がってくる

足 跡 たち すれ違い交わり添い離れ行き かつての雪を踏んだ青草を踏んだ思いを踏んだ 砂をアスファルトを線路を畳をシーツを踏んだ踏みしめた足跡が ゆらゆらと影のようにうごめき立ち昇っては燃え青や緋や紫に色をなしてゆらめいて揺られてつられて ああっ熱い海に身を投げて奇麗に、奇麗に

 



 

旋律(耳鳴りがするのか)

 

低くそれと気付かぬ遅さでいつの間にか 壁を這い上がってゆっくりと四方を辺りを沸き上がって音もなく高くしかし確実にふと聞こえる ああ低く高く少しづつ耳元で蘇る突然共鳴する壁が鳴りだす柱が響く周りが廻る四季が巡る耳が震える耳が耳だけではない一切のそこの一生の 止まらない止まない静まらないでいる旋律 いつかのいっときの たったそれだけの なのに





 

迎え火

 

濡縁のそばに

ぽっー と白く

たたずんで

手招き誘う

風があります

 

あなたの胸に

あかい炎(ほむら)のともるとき

格子戸をくぐってやってきた

とおい魂(こころ)の

叫びです

 

 


 

ふうりん

 

のきの下で啼いている。

草木のささやきに

誘われて。

 

りり

ちりり

ちりる

るる

   ちち

   ちるる

   りるり

   りり

 

もう

昔のはなしです。

すだれのむこうの

思い出です。

 




 

移ろい

 

銀に輝やく枯畑一面

うすら寒い夕陽に照らされて

 

銀に輝く次郎の悲しみ

昨日啼いてた畑の虫

   *   *

ふきぬける木枯らしに

鈴の音の残り香がただよう

 




 

或る部屋

 

  人の流れ

  白い手紙

しわぶきはだれか

 遠い昔の

柱の日めくり

 

陰影(わたし)を孕んで

そこに居ます

 

ぬるるとした

 春の黄昏

 




 

廟所の灯籠

 

想いを零す

草の茂みの

その中で

 

じじ

 じじ

  じっ

じじ

 

それは

夜を溶かす

泪の焔

村にともる

ひとつめの焼身(あかり)





 

残像

 

こもれびの影。

低く漂ったのは

干し柿の匂い。

 

木立の

幾重にも重なった葉裏の隙間に

それはよぎって

男の手のひらに舞い落ちる。

 

匂う。

 

大きすぎる男の手から

こぼれかかる

思いの中の干し柿は

ひとつ静かに。

 

ああ匂う。

今はもう たまゆらに

匂わないものが

――匂う。

 




 

落葉の軌跡

 

ひろがってゆく。

苔に濡れたつくばいに

三重の波紋。

 

いま

水面(みのも)に吸い込まれていった

ひとひら。

に紅い軌跡(いと)がたれる。

 

かすかにふるえているぬくもりの記憶。

 

ひろがってゆく

波紋。

葉陰のとばりに暮れかかりながら

いつかの軌跡をたぐろうと。

 

ひろがってゆく

ひろごり

昨日の風の

粘液の。

 


 

 

ほころびる。

すまし笑いの

するりと一本がほころびる。

笑いを笑う

笑い顔のほころびは

瞳の中に落ちて 一筋の色をなす。

その瞳の中で

誰かの笑いがまた

ほころびる。

 




 

 

もつれた糸の

こんがらがってこの一本その一本

どの一本を探ってか

夢を消せるか

日がな一日糸を摘み

こんがらがって思いの中の

一糸をまぎらした

「あいつ、ちょっとイカすじゃん」なんて

もつれとぎれてまた一本絡みつく

 



 

旋律

 

いつの間にか

壁を這い上がって小刻みに震えている

――憶えのある呼吸だ生暖かい旋律 は 天井へ柱へ窓へ伝って次に足や手や内股や腹を 少しづつ増幅しながらあっあっ震わしはじめる 耳元で確かな音に蘇り突然共鳴する部屋が鳴り出す周りが廻るかつてのあつい季節までも巡り耳が目がそれだけではない毛穴の一切が濡れる震える いつかのいっときのたったそれだけの旋律に耳が酔い軀が溶けて





 

彼岸参る ~浄土はそこに貴方のそこに~

 

遠くから祭り囃子が聞こえる。左右の田んぼに挟まれた小さな一本道。こんな時季にお祭りか。田んぼからは牛蛙の鳴き声がうるさい。どんよりとした空の下、その一本道を歩く。その先には里山。里山の入口には朱に染められた鳥居があるようだ。祭り囃子は段々と近くなってくる。古ぼけた鳥居。もう目の前だ。鳥居の先には山の中へ階段が続いている。長い階段は、鬱蒼とした緑に囲まれ、先が見えない。太鼓や笛の音が単調に響いている。階段を登ろうかやめようか。

目が覚めた。夢かうつつか、祭り囃子は空耳だったのかもしれない。またあの一本道を辿ってみることにした。今日は雨蛙の鳴き声がうるさい。牛蛙は何処に行ったのだろうか。

おかしい。道に迷ったのか。ここは一本道の筈だ。里山が見えない。先へ歩くことにした。

昨日と様子が違うのだ。何かが違う。それも気のせいだろうか。ただ、空は今日もどんよりと雲が立ち込めている。祭り囃子は、やはり遠くから聞こえるのだ。ひたすら一本道を歩く。

雨だ。と思ったら目が覚めた。全身びしょびしょだ。あれはまたしても夢か。寝汗か雨か。いや、汗ではない。今日も一本道を辿ることにした。

今にも雨が降り出しそうだ。あの一本道をひたすら歩く。今日は蛙達はやけに静かだが、何処かでミンミンゼミが鳴いている。変だな、里山も鳥居もまだ見えない。ずいぶんと遠いなと思ったとき、田んぼの上を一陣の風が吹いた。寒い。冷ややかな風に鳥肌が立った。一瞬立ちすくみ前を見ると出店らしきものが道沿いにある。おや、今日できたのか。

ちょうど喉が渇いたところだ、しめた、何か飲もう。近づいてみた。笛や太鼓の祭り囃子は、出店からも聞こえるようだ。

「すみません。」

店を覗いたが、誰も居ない。

貼り紙には、「当店は、御神酒販売店でございます。」とある。

え、お酒か。一瞬ためらったが、いただくことにした。

「代金は、店前の賽銭箱にお願い申し上げます。」と書いてあったので、小銭を投げ入れた。

出店には、狐のお面が飾られていた。

「有り難うございます。」、と聞こえた気がする。

やはり、雨が降ってきた。そのせいだろうか、あたりは既に夕闇に包まれてしまった。御神酒の酔いから少し足元がふらつく。里山はまだか。鳥居はまだか。

目を凝らして一本道の先を見た。明かりだ。遠く、道沿いに灯りが点々と連なって見える。夕闇のせいか、明かりがあるのを今日初めて気が付いた。助かったと思った。あたりは既に夜の帳が下り、細い一本道には街路灯もないうえ、酔いもあり不安だったのだ。

その灯りを目指して一本道を歩くことにした。灯り? 松明か、提灯か、灯籠か。

ピーヒャラテクツクトントンテクツク。祭禮なのだろう、今日は一段と大きく聞こえる。発動機の音がすると思ったら、目の前にまた出店が現れた。御神酒だ。ちょうど良い、おかわりをと、白熱灯に照らされた薄暗い店内を覗いた。やはり誰も居ないのか。

狐のお面だ。賽銭箱に小銭を投げ入れた。店内の小さな冷蔵庫には、お銚子とお猪口。さっきもそうだったが、歩きながらはちょっとしんどい。座りたい。お銚子二本目、これでは酔ってしまい里山の階段を上がれるか。

あれは狐火かもしれない。ぼんやりとそう思いながら、ひたすら一本道を歩く。灯りが近くなってきたのだ。祭り囃子もどんどんと大きくはっきりと近づいてきた。

二本目の御神酒は、ついペースをあげて呑んでしまった。と、そのとき、目の前にあの鳥居が大きく見えるではないか。もう少しだ。灯りは、一本道の両脇に点々と並んでいる。提灯だ。提灯に何か書いてある。「御霊灯」に「御仏灯」。「御神灯」も。な、なんだこれは。葬儀か。いや松明もある。松明を、狐のお面をかぶった浴衣姿の少女達が道脇で並んで持っている。

それにしてもおかしい。祭禮なのに周りには私しかいない。私だけのためのお祭りか。そんな馬鹿な。狐のお面をかぶった少女達は、実は狐ではないのか。騙されているのかもしれない。とりあえず、提灯や松明の間を、その一本道をまだもう少し歩く。あの鳥居は確かにすぐそこだ。夜の闇の中、何故か妖しく朱色に、その朱の部分だけがぼんやりと浮かび上がる鳥居。そしてようやく鳥居をくぐり、里山の階段を登り始めた。手に持っていたはずのお銚子にお猪口は、何処かに消えてしまっている。

階段、長いな。この里山はそれほど高い山ではないが、暗闇の中、上の果てまで続いているような気がする。階段の左右には、ぼんやりと明かりの灯った灯籠。おや、階段には御札が落ちている。あちこちに何枚も落ちている。御札には何と書いてあるのか、暗い、しかも雨に滲んでよく読めない。「南無………………」だろうか。祭り囃子が聞こえるが、やはり葬儀か。私の葬式? まさかそんな筈がない、縁起でもないな。登ってきた階段を戻ろうと後ろを見た。そこには、提灯を持った狐面の浴衣を着た少女がいた。階段をふさいでいる。しかも白提灯だ。「**家」とか「御霊灯」などと記されてはいない。葬儀ではないようだ、安心した。お盆だからか。お盆? では祭り囃子はなんだ。誰の新盆なのか。まだ狐面の少女が下りる階段をふさいでいる。階段を下りるのを諦め、再び登り始めた。ひたすら、ひたすら、灯籠に挟まれた階段をひたすら。階段の先が薄っすら明るいと思ったら、先にも提灯を持った少女。え、たくさんいる。提灯行列になっている。なんだか山頂あたりは賑やかになってきた。ピーヒャラピーヒャラテケツクテン。もうすぐ山頂らしい。たしか山頂には社があるから、お祭りなのだ。階段の両脇には、蝋燭も灯っている。ようやく山頂の鳥居だ。妖艶な鳥居、それは、麓の鳥居と同じ、朱色に染められた鳥居。その手前には篝火も焚かれている。ようやく階段を登り終えた。山頂の鳥居をくぐると平坦な場所。社が見えた。赤い提灯に囲まれた出店が数店、そして境内の奥、そこには二対の篝火、その先に社が鎮座している。祭り囃子はいっそう賑やかに聞こえている。おかしい、誰も居ない。。。

気が付いたら里山の麓にいた。階段を降りた記憶がない。歩いて来た筈の一本道も見当たらない。周りの田んぼもなく、ただただ鬱蒼とした漆黒の森が広がる。

またか。また、やり直しか。何処からやり直しなのだ。そもそもここは何処だ。

いつの間にか雨はやんでいた。とっくに酔いも覚めていた。あたりは暗い。まだ夜なのだろう。気配を感じて振り返ると狐面の少女が手に数珠を掛けて佇んでいた。少女は、階段を登るよう手で促した。どうして数珠なのだ。 里山の階段を一歩上がったとき、階段が山頂あたりまでいっぺんに明るくなった。狐火か。階段脇の提灯、おびただしい数の提灯に火が灯ったようだ。先ほどまでの賑やかな祭り囃子は、お経に変わっていた。真言だ。

「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦  菩提薩婆訶」 聞こえてくるのは般若心経らしい。

「祓え給い、清め給え、神(かむ)ながら守り給い、幸(さきわ)え給え……」

なに。祝詞らしいのも階段の上から聞こえてくる。

神社? 寺?

花火が上がった。線香花火のような花火だ。

風車。

おや、階段脇には無数の風車が、いつの間に。色とりどりの風車が一斉に回り始めた。恐山か、芝増上寺か。

両脇には蝋燭、灯籠、狐面の少女達、松明、提灯、そして足元には散らばった御札、そして、そして回り続ける風車。般若心経に祝詞(さっきまでは祭り囃子だった)。訳がわからない。苔むしていた。おびただしい数の提灯などの灯りに照らされ、苔が生えているのに気が付いた。その階段を、ただただ登り、山頂の鳥居がもうすぐ。巫女の舞だろうか、鈴の音が聞こえてきた。お経もまだ続いている。読経に合わせて鈴(りん)の響きも、怪しいこの空間を渡ってくる。

山頂の鳥居をくぐり抜けた。提灯や白熱灯でキラキラしている出店が数軒。御神酒のほかに、綿あめ、チョコバナナ、あんず飴、ハッカパイプ、狐のお面、御札などを売っている。ヨーヨー、金魚すくい、射的のようなものもある。だが無人だ。誰も居ない出店の前を通り、社に近づいてみた。薄暗い社の中には蝋燭が灯り、御神酒が置いてある。社の中には神主も巫女も、やはり誰も居ない。だが、一段と太く迫力のある声が響いてきた。神社なのに寺の住職だろうか。

「色即是空空即是色……」

「諸行無常是消滅法……」。

狐だ。

社の入口の左右に狐の狛犬が。やはり稲荷神社だ。社の中には薄明かり。巫女の舞の鈴の音と読経の声だけがこのあたりの世界を支配している。

境内では、提灯が舞っている。出店の灯りが、蝋燭が、灯籠が迫ってきた。生き物のように、どんどんと迫ってきた。風車がひたすら回っている、……薄暗い光が、薄っすらと、そしてこの空間を巻き込んで、しかもぐるぐると渦巻いていた。そういえば狐面の少女達は何処に行ったのか、狐、狐、狐のお面があたりに飛び交い、そして地面に散らばっている。数えきれない数の御札も、空を舞い、そしてあちこちに落ちている。

寒い。しかも気味が悪い。

ただならぬ寒気もあり、おどろおどろしい妖気に促されて、社の中に入った。

さっき見えた御神酒は祭壇の前の経机らしき机に置いてあり、そこには御札と油揚げが。

おかしなことにお代は無料と貼り紙が有った。御布施? 玉串? どちらが良いのか。

おや、位牌も置いてある。桐箱に入れられた臍の緒も。誰の?

おおっ、少し間が有ったのか、気が付くとそこは自宅の居間だった。

昔の、子供の頃に住んでいた質素な家だ。ちゃぶ台の上には油揚げと御神酒、御札に数珠、位牌までが置いてある。

御札には「南無妙法蓮華経 諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅為楽」と書いてある。涅槃経? 法華経? ずっと夢の中だったのか。今もまだ夢の中だろうか。私は何を見たのか。あの世界は私自身だったのかもしれない。何処から来て何処に往くのか。

窓の外には眼前に広がる田園風景の遠く向こうに、あの里山があった。いつもと変わらぬ真夏の朝の風景だった。お茶を入れ一口すすった。

さ、仕事だ、出かけよう。

暗渠の夜道

夜の細道けもの道、

誰が歩くか見てざんしょ。

遠くに月がかたぶいて、

あちきの影が覗いてる。

桜
藤
彼岸花
桜
秋桜
もみじ
ポピー
山茶花
白蓮
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